大乗仏教について


紀元前486年(または383年の説あり)に、仏陀が入滅(死亡)したのち
ほぼ百年間は、仏教教団(サンガ)は一枚岩の組織を保っていました。
この間の仏教のことを原始仏教または初期仏教といいます。



仏陀入滅後、百年ほどたったころ、
仏教教団内部で大きな意見の対立が生じました。
仏陀の遺した「戒律」をめぐっての対立で、伝承によれば、
  争点は10あったといわれています。そしてこれが原因で教団は
厳格な長老たちと改革派に分裂してしまいました。
こうした形態の仏教を部派仏教といいます。
  この部派仏教はのちに大乗仏教から小乗仏教とけなされました。



紀元前2世紀の後半頃から、新しい仏教を提唱する、
おそらく自然発生的な大衆運動が展開され、
その運動の担い手たちは自らの仏教を「大乗」と呼び
それまでの伝統仏教に「小乗」という蔑称を与えました。
大乗仏教は大きな乗り物の意で利他主義の立場にたつ仏教で、
小乗仏教は小さな乗り物の意で個人の悟りに偏重する仏教のことです。



小乗仏教では
一部の選ばれたエリート(出家者)しか悟ることはできないとされ、
大乗仏教においては、悟りに向かって修行する者は誰でも菩薩と考えられ、
出家せずに世俗の生活をおくる者(在家者)、
老若男女を問わずあらゆる人たちに菩薩となる道が開かれました。



大乗仏教ではさらに仏や菩薩に対する考え方が飛躍し、
ほとけたちの神格化がはじまりました。生身の人間の菩薩のほかに、
抽象的な人格をもち人々の礼拝対象となるようなほとけたちが考えだされました。
阿弥陀如来や薬師如来、観音菩薩や文殊菩薩などは、
この時代にインドで生まれ中国、朝鮮半島を経て日本にやってきました。
    日本の仏教は大乗仏教です。



大乗仏教の担い手たちは数多くの経典を創作し、新たな仏教の世界を
創りだし広範な人々の支持を得て、発展していきましたが、
  般若系(はんにゃ)、浄土教系(じょうど)、華厳系(けごん)、
法華系(ほっけ)など、趣の異なる流派に分かれていきました。



大乗仏教では、三千大千世界(さんぜんだいせんせかい)という考え方があります。
略して三千世界といいますが、須弥山(しゅみせん)という
高山を中心とした太陽系宇宙が10億個集まった巨大な世界です。



この三千世界を仏国土といい、大乗仏教では、
この仏国土はあらゆる方向に無数存在しているといいます。
    そしてそれぞれの仏国土には、教主として教えを説き、
   民衆救済に専心している仏がいます。



代表的な仏国土は、薬師如来の東方浄瑠璃世界(とうほうじょうるりせかい)、
阿弥陀如来の西方極楽世界(さいほうごくらくせかい)などがあります。
残念ながら私達が住んでいる国土は娑婆世界(しゃばせかい)といわれ
   仏陀入滅後(死後)56億7000万年後にあらわれるといわれる
弥勒仏が出現するまでは無仏だということになっています。



仏教は原始仏教から部派仏教さらに大乗仏教へと変化発展していきました。




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参考文献