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彩雲の店長です。上海万博のネパール館でタンカと出会い、一目で魅了されました。これをきっかけにして神様仏様に関連する彩雲ショップをやることに決めました。よろしくお願いします。

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大乗仏教の教え

現代まで存続している仏教は二つの大宗派に分かれます。一つは初期仏教の教えを受け継いだテーラワーダ仏教、もう一つは大乗仏教です。もともとあった「初期仏教」にのちの人が手を加えオリジナルの教えとは別のものとして日本や中国に伝わったのが大乗仏教です。

大乗仏教も初期仏教も、悟りを得て二度と生まれることのない涅槃をゴールとしている点は同じです。また、煩悩を鎮めて苦の悪循環を断つという基本的な修行方針は同じですが、修行の方法、目的はいろいろな点で異なっています。

1.初期仏教と大乗仏教の相違点
初期仏教と大乗仏教の相違点は下記のようなものです。

【初期仏教】
●信仰する対象は、お釈迦様のみ。
●気の遠くなるような修行の道をまっすぐに一歩ずつ進み、自分自身の努力の積み重ねによって悟りを得る自己救済型。
●ブッダとしての資質である仏性は、修行を積み重ねて持ち得る。苦の原因は煩悩と輪廻の世界で、これらは吹き払い抜け出すべきもの。
●出家者しか悟ることはできない。
●主に自己の救いのための「自利の行」の修行を行う。
●修行の最終目的は煩悩を消し阿羅漢(ブッダより位は下)になること。


【大乗仏教】
●信仰する対象は、お釈迦様だけでなく、いろいろな如来、いろいろな菩薩がいる。
●気の遠くなるような修行の道がある一方で、いろんな仏たちの神秘的な救済パワーを借りることができる。自力型も他力型もあり。
●仏性は、すでに持っている。煩悩も輪廻の世界も必ずしも否定的に見ない。むしろ輪廻のただ中にあって煩悩に悩みながらも仏性を発揮しようと考える。
●出家者だけでなく在家者でも悟ることができる。
●「自利の行」のみならず、開祖のお釈迦様にならって人々の救済のための「利他の行」の実践を重んじる、自利と利他の修行の道がある。大乗の道を自覚的に歩むものを菩薩と呼ぶ。(菩薩とはサンスクリット語の「ボーディサットヴァ」の音写、「菩提薩埵(ぼだいさった)」の略。もともとは過去生で修行中のお釈迦様を指す言葉だったが、自らの修行の完成を目指す修行者(ブッダ候補生)を言うようになった)
●修行の最終目的は煩悩を消し、お釈迦様と同じブッダになること。これを成仏という。
(ブッダとは悟った人。人間の最高の理想の姿)

このように大乗仏教は、
(1)初期仏教のように悟りを得るために、まっすぐ一歩ずつ修行の道を進む以外に、
(2)人間はすでに仏性を持っているという前提で多次元的な修行もあり、
(3)諸仏の神秘的なパワーを借りる裏技もある。
基本は(1)の修行の道で、
「修行を積んで輪廻の果てにブッダになる」
裏技(2)の異次元ワープ、
「あなたも仏性をもつ。これに気づけばゴールも同然」
究極の裏技(3)の信仰の道、
「崇拝対象の超自然的な力によっても救済は果たされる」と考えます。

大乗仏教には、自力型もあり他力型もあり、寛容で融通無碍で、ある意味なんでもありの教えで、初期仏教を受け継ぐテーラワーダ仏教からすれば容認できない教えかもしれません。しかし大乗仏教は、初期仏教では救えなかった人々を救う役目を負ったとも言えます。

初期仏教にはカルマの法則や輪廻と言った現代社会では受け入れにくい概念も含まれていますが、神秘的な要素はほとんど含まれていません。初期仏教は心の苦悩を自分の力で消したいと願う人たちにとっては、論理的で理性的でほぼ完璧な教えです。しかしそこには出家や修行という現実世界ではなかなか実行できないハードルが設定されています。初期仏教の教えだけでは救われない人たちがどうしてもでてきてしまいます。こういう人たちにのために必然的に誕生したのが大乗仏教です。

2.大乗仏教の修行法
現在の日本に伝わっている大乗仏教の経典は、「般若経(はんにゃきょう)」「法華経(ほけきょう)」「華厳経(けごんきょう)」「阿弥陀経(あみだきょう)」「涅槃教」(ねはんきょう)」などいろいろな大乗経典がありますが、これらの大乗経典の教えの内容はかなり異なっています。「在家のままでブッダの道を歩むことが可能と考える」という部分は共通していますが、それぞれの経典によってブッダになるための方法やプロセスに違いがみられます。

数ある大乗経典の中でおそらく最古のものと考えられているのは「般若経」です。
(「般若経」と呼ばれるお経はたいへん種類が多く、「般若心経(はんにゃしんぎょう)」も数ある般若経典の系統に分類されるお経のひとつで、「般若経」の教えのエッセンスがコンパクトにまとめられたものです)

「般若経」は、大乗仏教系の様々な宗派で広くとなえられるお経で、その中に大乗仏教の根本精神とされる「空(くう)」と「六波羅蜜(ろくはらみつ)」の教えがあります。

初期仏教から出家修行者には八正道の実践が求められていましたが、大乗仏教はこの八正道をコンパクトでダイナミックな六項目(六波羅蜜)に整理し直し、そのポイントである「空」を強調しました。「空」の精神のもとで「六波羅蜜」を実践せよとの教えです。

他人を救うことを重要課題と考える大乗仏教は、社会における実践を重視しこだわらない心で行動するように人々に求めました。「空」とはこだわらなさ、とらわれのなさ、からっぽということです。(「空」はとらわれない心の指標ですが、哲学的には「物には実体がなく、相互関係(縁起)のなかにあること」を意味します)

〜六波羅蜜〜
【布施波羅蜜】ふせはらみつー与える。精神的にも物理的にも。
【持戒波羅蜜】じかいはらみつー戒律を守る。
【忍辱波羅蜜】にんにくはらみつー苦難を忍び心を動かさない。
【精進波羅蜜】しょうじんはらみつー努力を惜しまない。
【禅定波羅蜜】ぜんじょうはらみつー瞑想による精神統一をする。
【智慧波羅蜜】ちえはらみつー真理を見極めて煩悩を消し、悟りを完成させる。

最後の「智慧波羅蜜」は「般若波羅蜜(はんにゃはらみつ)」または「般若波羅蜜多(はんにゃはらみった)」ともいいます。「般若」はサンスクリット語でプラジュニャ(完璧な智慧)、「波羅蜜多」はパラミータ(完成)で、「智慧の極み」という意味です。他の五波羅蜜を常に心がけ実践することによって自然にたどりつくということです。

「布施、持戒、忍辱、精進、禅定」については、それほど難しいことを言ってはいません。大乗仏教では、すでに私たちは仏性をもち、ブッダ候補生の菩薩としてこの世に存在しているのだから、日常生活の中で善行を積み重ねていけば、それが悟りのエネルギーになり、やがてはブッダになることができるという教えになりました。悟りの方法を「厳しい出家修行」から「日常の善行」に変えたといえます。