密教の教え
密教は「秘密仏教」という意味で、大乗仏教に属していて、大乗仏教の最終的な形態です。そして密教の特徴は神秘主義的で象徴主義的で儀礼主義的な傾向が強いことです。神秘的な体験を重視し、シンボル(象徴)をたくさん使い、儀礼を盛んに行います。曼荼羅もシンボルのひとつです。これらは言葉だけでは仏教の最高の真理は表現できない、理解できないという仏教の絶対的な前提から考え出されたものです。
1.密教の修行法
密教でもっとも重視される修行に「三密加持(さんみつかじ)」があります。これは瞑想修行のなかで、自分自身が瞑想対象の仏菩薩そのものになりきってしまうこと、変身することを目的とする修行です。
三密といわれる、身密(しんみつ)、口密(くみつ)、意密(いみつ)からなり、
修行者が手には対象となる仏菩薩が結んでいる印契(手印)を結ぶことを身密、
口には対象となる仏菩薩をたたえる真言を唱えることを口密、
心には対象となる仏菩薩の姿形をありありとイメージすることを意密といいます。
欲望や執着や他者への怒りなどの煩悩を受け入れ、手印、真言、イメージというシンボルを使い、身体と言葉と心の人間的な全行為の3つの働きをもって、対象とした仏菩薩との一体化という神秘的な体験をするというのが、密教の修行の基本です。
三密加持より得られた悟りは、時間・空間を超え、仏(聖なるもの)と修行者(俗なるもの)とが合一する世界で即身成仏(そくしんじょうぶつ)といわれます。
大乗仏教の顕教の成仏論では、悟りを求め厳しい修行を積み重ねながら、しかも三劫(さんこう=ほとんど無限の時間の3倍という意味)という無限に長い時間を経てようやく仏の境地に至るとしますが、
密教の成仏論は、三密加持の修行を行えば、さほど長時間を必要とせず我々はこの身のままで仏の境地に至ることができるとしています。この即身成仏の考え方は、密教を他の仏教と分ける大きな特色となっています。
2.密教の発達段階
密教は、初期・中期・後期の3期に分ける歴史的分類法があります。これは密教の母国インドにおける密教の歴史的な展開を基本にしたものですが、インド、チベット、ネパール、日本、中国 などあらゆる仏教圏にも適応するすることができます。それぞれの期の概要、特徴は下記の通りです。
(1)初期密教
インドにおいて4世紀から6世紀にかけて成立した密教。陀羅尼(だらに)の読誦を中心とした未完成のもの。日本における雑密にあたる。
●本尊となる尊格は、釈迦如来、薬師如来などの顕教仏。もしくは十一面、千手、不空羂索などの特殊な形態をとる変化観音。
●信仰の目的は財宝、治病、延命などの現世利益。
●主な経典は、十一面観音や千手観音に供養をささげて、病気の平癒や財宝の出生を祈願する雑部経典が多い。代表的なものとして「陀羅尼集経(だらにじっきょう)」がある。
●修行法は、上記の尊格の陀羅尼(口密)を唱えることが中心で身密、意密をも完備した三密行にはまだ至っていない。
●密教世界の縮図ともいうべき曼荼羅がまだ完全にできあがっていない。
(2)中期密教
7世紀頃、インドにおいて成立した体系的な密教。日本における純密にあたる。
●本尊となる尊格は、大日(毘盧遮那びるしゃな)如来という新しい性格をもった宇宙的な仏格
●信仰の目的は従来の現実的な目的に加えて、自らのうちに仏を体現する即身成仏の思想(悟り)が説かれる。
●主な経典は、「大日経」「金剛頂経」などを中心とする体系的な密教。空海などにより唐代の中国を通して日本にもたらされた密教はこの段階。
●修行法は、三密行が完成している。
●大日如来を中心にいただく曼荼羅ができあがり、曼荼羅は密教の思想上、実践上不可欠の役割を果たしている。
(3)後期密教
8世紀以降、タントリズムの影響を受けて成立した密教。性的ヨーガや生理的行法を取り入れている。主にチベットに伝えられ、日本や中国においてはほとんど受け入れられなかった。したがって、日本では中期密教を最高の密教とみなすのに対して、チベットでは後期密教を最高の密教と見なす。(タントラとはサンスクリット語で織物の「横糸」をあらわし、「縦糸」をあらわすスートラと一対で用いられる。そこから発展して、それまでの仏教経典をスートラと呼ぶのに対して、秘密的・実践的な要素の強い密教経典はタントラと呼ばれるようになる。今では、性行為を修行に導入したインド系の宗教全般に対して用いられるほか、チベット仏教では密教経典はすべてタントラと呼ばれている。)
●本尊として崇められる対象も激変し、大日如来が目立たなくなり、阿閦如来(あしゅくにょらい)→グヒヤサマージュ(秘密集会ひみつじゅうえ)→へーヴァジュラ(呼金剛ここんごう・喜金剛きこんごう)→チャクラサンヴァラ(勝楽尊しょうらくそん)→カーラチャクラ(時輪仏じりんぶつ)といった多面多臂(ためんたひ=たくさんの顔と腕)の秘密仏といわれる本尊が次々に登場した。これらの秘密仏は同じ容姿容貌の女尊と抱き合うという仏らしからぬ姿かたちをなしている。
●信仰の目的は中期密教と同じく現世利益と悟り。
●主な経典は秘密集絵タントラ、ヘーヴァジュラタントラ、カーラチャクラタントラなど。
●修行法は、性的ヨーガと生理的ヨーガが中心。
仏菩薩との一体化、仏の悟りの境地を描いた曼荼羅、威力ある聖なる言葉のマントラなど、神秘的で魅力的な密教ですが、性的ヨーガや生理的行法を取り入れたことにより、他の仏教界から異端児あつかいされ、さらには堕落した教えという蔑視を含む見方もあるようです。
その一方で、密教美術の素晴らしさは賛美を惜しまない声あります。仏教美術の大半は密教が創造してきました。密教寺院の内部には、たくさんの仏菩薩の鮮やかな色彩の彫像や画像に満ちています。日本仏教も、仏教美術の8割以上を密教由来の美術作品が占めています。
現在、密教が勢力を保っているのは、日本とチベットとネパールとブータンです。日本の密教は真言宗と、および天台宗の一部である天台密教で、その他の宗派はすべて大乗仏教の顕教です。